切り口は、自分の中から見つける——編集方針の素
切り口は、自分の中から見つける——編集方針の素
同じテーマでも、どこからどう見るかによって、まったく別のサイトになります。この「どこからどう見るか」を、切り口と呼びます。
たとえば「家電」というテーマで書く人が10人いたとしても、10人が同じ記事になるわけではありません。消費者の目線で家電を比べる人もいれば、一人暮らしを始める人に向けて家電を選ぶ人もおり、電気代にこだわって家電を語る人もいます。テーマは同じでも、切り口が違えば、別の顔になります。雑誌でいえば、切り口は編集方針にあたります。どんな立場から、誰に向けて、どんな姿勢で誌面を作るのかという、誌面づくり全体を貫く方針です。
とはいえ、いま自分の切り口を言える方は、少ないのではないでしょうか。切り口は、机の上で決めるものというより、書いた記事のほうから姿を見せてくるものです。暮らしの記録を続けていると、どの記事でも同じところを確かめている自分に気づきます。その繰り返しが、切り口の素になります。
ここでは、切り口とはどういうもので、どんな種類があり、どうやって見つけていけばよいのかを説明します。
同じ丸太でも、切る方向で模様が変わる
「切り口」という言葉のもとになっているのは、木材の話です。同じ丸太でも、どの方向に切るかによって、板の表面に現れる木目の模様は変わります。丸太そのものは同じなのに、切り方ひとつで、出てくる板の表情が変わる。同じテーマでも、どこから切るかで、まったく違うものが出来上がる、という意味の比喩です。
テレビ番組の世界に、わかりやすい実例があります。「参加者が、クイズで、競う」という骨組みの番組を考えてみてください。この骨組みのまま、〈参加者〉のところを切って東大生に絞れば、頭のよさを競い合う番組になります。〈クイズ〉のところを切って音楽クイズに絞れば、音楽好きのための番組になります。〈競い方〉のところを切って、対決ではなく協力して答える形にすれば、また別の番組になります。骨組みは同じなのに、どこを切るかで、別の番組として成立するわけです。
サイトも同じです。「家電について書く」だけでは、丸太を前にして立っている状態です。どこから、どう切るか。切る方向が見えてくると、自分のサイトの木目が現れてきます。どこから切るかは、いま決まっていなくてもかまいません。記事が何本かたまったころに、自分はいつもここから切っていた、と分かることもあります。
切り口には、型がある
切り口は、ゼロから思いつくものではありません。よく使われる切り方には、型があります。ここでは6つの型を、同じ「家電」のテーマで切ってみせながら紹介します。自分のテーマなら、どこから切れそうか。考えながら読んでみてください。
視点で切る——誰の立場から見るか。 同じ製品でも、立場が変われば見えるものが変わります。買う側の消費者の目線で見るのか。家電を売っていた元販売員として、店頭の裏側から見るのか。直す側の修理士の目線で、壊れにくさから見るのか。
ターゲットで切る——誰のために書くか。 一人暮らしを始める人のための家電。離れて暮らす高齢の親に贈る家電。共働き家庭の時間を生み出す時短家電。読む人を絞ると、選ぶ製品も、勧める理由も変わります。
比較軸で切る——何で比べるか。 家電を比べる記事はたくさんありますが、比べるものさしは値段と性能だけではありません。電気代で比べる。運転音の静かさで比べる。手入れや掃除のしやすさで比べる。ものさしを変えるだけで、順位も結論も変わります。
シーンで切る——いつ、どこで使うか。 梅雨の部屋干しを乗り切る家電。狭いキッチンに置ける家電。場面を決めると、テーマ全体を扱わなくても、その場面で困っている読者にまっすぐ届きます。
レベルで切る——どの深さで語るか。 家電が好きでたまらない人に向けて、深いところまで語るのか。説明書を読むのが苦手な人に向けて、とにかくやさしく案内するのか。同じ製品の話でも、語る深さで読者は入れ替わります。
態度で切る——どんな姿勢で臨むか。 忖度なしの本音で書くのか。とことん安さにこだわるのか。商品を自分たちで買ってテストする雑誌『LDK』は、忖度なしという姿勢そのものを看板にしています。姿勢は、それだけでサイトの顔になります。
この6つは、組み合わせることもできます。「一人暮らしの人のために、電気代で家電を比べる」なら、ターゲットと比較軸の掛け合わせです。切り口がひとつ決まるだけでも他のサイトと重なりにくくなり、ふたつ掛け合わせれば、競合のほとんどいない場所に立てます。
切り口の素は、「つい気になってしまうこと」
では、6つの型のどこを、何で切ればよいのでしょうか。
世の中で求められていることから考える方法もあります。ただ、ニーズだけから考えた切り口は、誰が考えても同じところに行き着くため、平凡になりがちです。すでにある大きなサイトと同じ切り口では、あとから始める個人のサイトは埋もれてしまいます。
切り口の素は、自分の中にあります。「つい気になってしまうこと」です。
たとえば、電気代です。電気代は誰でも気にしますが、つい気になってしまう人は、売り場で製品を見るとき、真っ先に消費電力の表示を確かめます。カタログの隅の数字から、年間の電気代を計算せずにはいられません。その人が書く家電の比較は、「電気代で比べる」という切り口が最初から身についているので、書けば書くほど、他のサイトとの違いがはっきりしていきます。
ここで大事なのは、つい気になってしまうこと自体は、特別なものでなくてよいという点です。電気代、運転音、置き場所の寸法。どれも、ありふれた関心事です。ただ、ついそこを確かめてしまう。切り口の素としては、それで足ります。
一方で、自分の関心だけで切ると、今度は独りよがりになります。読み手のいない切り口は、サイトの切り口にはなりません。つい気になってしまうことが、誰かの困りごとと重なっているか。電気代がつい気になってしまう人の切り口が成立するのは、電気代を下げたい読者が現実にいるからです。切り口は自分の中から見つけて、読者がいるかどうかで確かめる。この順番で考えます。
「つい気になること」は、自分では気づきにくい
やっかいなことに、つい気になってしまうことは、本人にとっては当たり前になっていて、なかなか自覚できません。つい気になっている自覚がはっきりあるくらいなら、探すまでもないのです。
そこで、思い出すための手がかりを3つ挙げます。
ひとつめは、買い物のときに必ず確かめることです。値段でも性能でもなく、自分がいつも最初に見てしまうものは何か。重さなのか、成分表示なのか、返品できるかどうかなのか。
ふたつめは、人に「そこまで気にする?」と言われたことです。自分ではふつうのつもりの行動に、家族や友人が首をかしげたことがあれば、それはつい気になってしまうしるしです。
みっつめは、頼まれてもいないのに調べてしまうことです。買う予定もないのに比較表を眺めてしまう。行く予定もないのに口コミを読み込んでしまう。時間を使っても苦にならないところに、関心の濃い場所が隠れています。
思い当たることを紙に書き出して、切り口の型6つと並べてみてください。「これを比較軸にできないか」「この関心は、どんな読者の困りごとと重なるか」と眺めていくと、自分のテーマをどこから切れるかが見えてきます。
切り口は、判断の物差しになる
切り口が見えてきたら、一行にして書き留めておくことをおすすめします。「元販売員の目線で、店頭では聞けない選び方を書く」「一人暮らしの人のために、電気代で家電を比べる」。この一行が、サイトを作っていくうえでの編集方針になります。
編集方針は、飾りではありません。この先のあらゆる判断の物差しです。どの記事を書くか迷ったら、切り口に合うほうを選ぶ。書き方に迷ったら、切り口に照らして決める。載せる広告を選ぶときも同じで、忖度なしの本音を編集方針にしたサイトが、報酬の高さにつられて本音では勧められない広告を載せれば、読者は離れていきます。方針の一行は、迷うたびに立ち返る場所になります。
テーマが同じサイトは、これからもいくらでも生まれます。それでも、切り口まで同じサイトは、めったに生まれません。切り口の素が、自分の中にしかないものだからです。いつも同じところを確かめている自分に気づいたら、そのとき、どこからどう切るかを一行に書き留めてみてください。先に決めておかなければならないものではありません。書けるようになったときに書けば、それで足ります。