暮らしの記録から、専門へ——掛け算で絞る
暮らしの記録から、専門へ——掛け算で絞る
サイトのテーマは、広げるほど誰に向けたものかがぼやけ、絞るほど読者の顔が見えやすくなります。雑誌の世界でも、総合週刊のような広さ、生活情報誌のような暮らしの広さ、専門誌のような狭さが並び、届け方の選び方が問われています。
ただし、「専門誌のほうが読者に届きやすい」ということと、「最初から専門誌にしなければならない」ということは、同じ話ではありません。初めてサイトを作る段階では、自分が何についてなら書き続けられるのか、まだ分からない方も多いはずです。そこで、多くの場合は、暮らしの記録を幅広く書くライフスタイルブログ(雑記型ブログ)から始めます。書き続けられる柱や、読まれる柱、収益につながる柱が見えてきてから、専門へ寄せていくためです。すでに書きたいテーマが決まっていて、そのテーマで書き続けられるのであれば、最初から絞る方法もあります。
ここでは、雑誌の変化を手がかりに、絞ることの意味と、絞るための道具である「掛け算」を説明します。
雑誌の世界で起きていること——総合・生活・専門
雑誌の棚には、幅広い話題を大勢に届ける総合誌、暮らしの実用を幅広く扱う生活情報誌、テーマをひとつに絞った専門誌があります。業界の区分でも、「一般週刊誌」「生活実用情報誌」「スポーツ誌」などは別のジャンルとして並びます。
いまの紙の雑誌市場は全体として縮小が続いていますが、中身を見ると、どの広さの雑誌も同じ運命というわけではありません。
紙の雑誌の売上は、2024年で4,119億円、前の年より6.8%減りました。発行されている雑誌の数も、ピークだった2005年頃には約4,500銘柄ありましたが、いまは約2,300銘柄です。
退潮が目立つのは、ニュースから芸能、健康まで幅広い話題を毎週届けてきた総合週刊誌です。2023年に週刊朝日が休刊し、週刊現代は2025年から毎週の発行をやめて隔週になりました。続いている総合週刊誌も、健康・マネー・相続のように、決まった読者層の関心事へ誌面の軸足を移しています。「幅広い読者に、幅広く」のままでは続けにくくなっている、ということです。
一方で、暮らしの実用を幅広く扱う生活情報誌もあります。『オレンジページ』『ESSE』『サンキュ!』のように、料理・節約・収納など、ひとつの専門に絞らず、生活のなかの複数の話題を同じ誌面で扱う雑誌です。登山だけ・鉄道だけといった専門誌とは、広さの取り方が違います。紙の部数は市場全体と同様に厳しく、生活実用情報誌のカテゴリでも減少は見られます。それでも、誌面の作りとしては、「生活者の暮らしに寄った広さ」を持つ型として残っています。
テーマをひとつに絞った専門誌も残っています。登山だけを扱う『山と溪谷』は、1930年の創刊からいまも登山者に読み継がれています。書店に置かず、定期購読だけで決まった読者に直接届ける雑誌や、紙をやめてウェブへ移した若い読者向けの雑誌など、届け方を変えて残る動きもあります。
ここで押さえたいのは、「総合が退ったから専門だけが正解」ではない、ということです。雑誌の世界には、総合週刊のような広さ、生活情報誌のような暮らしの広さ、専門誌のような狭さ、が並んでいます。
個人のサイトでも、最初から専門に寄せる道もあれば、暮らしの記録を幅広く書く道もあります。次に見るのは、その広さと狭さをどう扱うか、です。
個人のサイトでも、広さと狭さの選び方がある
雑誌の観察は、個人のサイトにも使えます。ただし、結論は「だから最初から専門だけを作れ」ではありません。
総合週刊誌には、大勢の編集者や記者がいます。その体制でも、「幅広い読者に、幅広く」の作りは続けにくくなりました。個人がひとりで、何でも扱う総合週刊のような戦い方を最初から選ぶと、料理では料理の専門サイトと、旅行では大手の旅行サイトと、テーマごとに深掘りしている相手と競うことになりやすいです。どのテーマでも記事の数と深さで及びにくく、どの読者にも届きにくくなります。
一方で、生活情報誌のような広さもあります。暮らしの記録を幅広く書くライフスタイルブログは、ひとつの専門に最初から寄せるのではなく、買ったもの・調べたこと・行った場所など、生活のなかの出来事を記事にしていく入り口です。まずは自分のための記録として書けばよく、同じ買い物や手続きで迷っている人の役に立つ記事も増えていきます。
書き続けるうちに、よく書く柱、読まれる柱、広告のつながりが見える柱が出てくることがあります。そこからテーマを寄せると、狭い範囲で深掘りしやすくなり、読者にも「自分のための記事」に見えやすくなります。車を持たずにキャンプを始めたい人が、車なしのキャンプに寄せた記事を見つけたら、まずそこから読んでみようと思うはずです。読者がはっきりしてくると、案内できる広告もはっきりしてきます。
広く書くか狭く書くかは、どちらかを選んでどちらかを捨てる話ではありません。生活情報誌に近い広さで書き始め、柱が見えてから専門へ寄せる。この順番なら、テーマを決めた数記事で書くことがなくなり、更新が止まってしまう心配も小さくなります。次に見る掛け算は、その寄せ方の道具です。
寄せる・絞るための道具は、掛け算
柱やテーマを寄せたいとき、道具になるのが掛け算です。基本のテーマに、エリア、読者の属性、シーン、予算といった軸を掛けていきます。
基本テーマ × エリア × 属性 × シーン × 予算
軸は、この4つに限りません。読者の悩み、季節、レベル、時間・期間、金額など、テーマに合いそうなものを選びます。また、軸を全部使う必要もありません。このあとの例で見るとおり、2つも掛ければ、テーマは十分に狭くなります。
例を見ていきましょう。
ひとつめは、ホテルです。「ホテル」だけをテーマにすると、大手の予約サイトと正面からぶつかりますし、読者の顔も見えません。そこで、エリアの軸で「東京」を掛け、予算の軸で「格安」を掛けます。できあがるテーマは「東京の格安ホテル」。ここまで絞ると、読者の顔が見えてきます。ライブの遠征で宿代を抑えたい人、子どもの受験に付き添う親。書く記事も、駅ごとの安い宿、安く泊まれる時期、狭い部屋で快適に過ごす工夫と、具体的に浮かんできます。
ふたつめは、キャンプです。「キャンプ」のままでは、雑誌にもウェブにも強い競合がそろっています。レベルの軸で「初心者」を、状況の軸で「車なし」を掛けると、「車なしで行く初心者キャンプ」になります。読者は、車を持っていない、都市部に住む若い人。記事は、電車とバスで行けるキャンプ場、背負って運べる道具の選び方、レンタルでそろえる方法。テーマを絞った瞬間に、読者と記事が一緒に決まりました。
みっつめは、引越しです。人生の節目である「引越し」に、属性の軸で「単身赴任」を掛けます。「単身赴任の引越し」。転勤の内示は急に来ます。家族の家はそのまま残し、自分ひとりの新居を短い期間で整えなければなりません。荷物を最小限にする方法、家電を買わずにレンタルでそろえる方法、二重生活の家計のやりくり。ここでも、書くことと読者が同時にはっきりします。引越しの見積もりや家具・家電のレンタルのように、案内できそうな広告の見当もつけやすくなります。
掛け算をするたびに、読者の数は減ります。その代わり、残った読者には届きやすくなり、競合も減っていきます。「ホテルのサイト」は無数にありますが、「車なしで行く初心者キャンプ」のサイトはほとんどありません。雑誌がビジネスとして成立しないほど狭いテーマこそ、個人のサイトの独壇場になることもあります。
絞っても、書くことはなくならない
ここまで絞ると、今度は逆の不安が出てくると思います。こんなに狭くして、記事が数本で尽きてしまわないか、という不安です。
心配はいりません。絞ったテーマの中には、記事のまとまりを作る単位——「企画」を、何本も立てられるからです。「東京の格安ホテル」で考えてみます。
- 比べる企画。「新宿駅から徒歩10分、1泊5,000円以下のホテルに泊まり比べる」。1軒ずつの宿泊記と、まとめの比較記事とで、これだけで記事の束になります
- 集める企画。「ターミナル駅ごとに、格安ホテルを5軒ずつ集める」。駅の数だけ記事が生まれます
- 教える企画。「同じ部屋をいちばん安く予約する方法」「はじめてのカプセルホテル案内」
ひとつの企画は、記事を1本ではなく、束で連れてきます。新しい企画を立てるたびに、絞ったテーマの中でも記事は増えていきます。
むしろ、書けなくなるのは広いテーマのほうです。「ホテルの選び方」という漠然とした記事は、何をどこまで書けばよいのか決められず、筆が止まります。「単身赴任の引越しで、家電を買わずにそろえる方法」なら、書くべきことはおのずと決まります。絞ることは、書くことを減らす作業ではなく、書くことをはっきりさせる作業です。
絞り具合の目安がほしいときは、そのテーマで記事のタイトルを30本書き出せるかを試してみてください。10本も出ないなら絞りすぎ、100本でも出そうなら広すぎです。絞りすぎたと感じたら、掛けた軸をひとつ外して、「東京の格安ホテル」を「東京のホテル」に戻す。あとから調整しやすいのも、掛け算のよいところです。
そして、寄せたテーマは、ずっとそのままである必要もありません。狭く始めた柱が育ち、読者がついてから、隣のテーマへ広げていくこともできます。
寄せたい柱が見えてきたら、紙に書き出して、エリア・属性・シーン・予算の軸をいくつか掛けてみてください。掛け合わせの候補は、ひとつに決める前に、いくつも作って並べ、見比べるのがおすすめです。広かったテーマが掛け算の一行に収まると、読者の顔と書く記事の輪郭が、はっきりしてきます。